この記事の監修者
英国宝石学協会 資格会員ディプロマ FGA
日本宝石協会理事
夢仕立工房 ジュエリーデザイナー
依田 宇弘
その高いデザイン性から装飾品としての価値も高い懐中時計。機械式のアンティーク時計や電池式のもの、蓋つきタイプや内部が見えるスケルトンタイプなど、一口に懐中時計といっても動力や形状の違いでいくつかの種類に分けられます。その種類によって起こりやすいトラブルや原因も異なってくるので、今回は懐中時計の特徴とあわせてその修理・メンテナンス方法を詳しくご紹介したいと思います。
懐中時計とは腕につける腕時計とは異なり衣服のポケットなどに入れて持ち歩く時計のことで、英語ではポケットウォッチと呼ばれます。その歴史は古く17世紀(1600年代)頃から貴族などの間で使われ始め、20世紀(1900年代)初頭に一般大衆にも時計を持つ文化が広がって行きました。老舗と呼ばれる時計メーカーも懐中時計が原点であり、現在も引き続き懐中時計の製造・販売を続けているブランドも数は少なくなりましたが存在しています。腕時計と同じく懐中時計にも機械式と電池式のものがあり、1960年代以前に作られたアンティーク時計と呼ばれるものはすべてゼンマイを動力とした機械式の時計です。リューズによって手動でゼンマイを巻く手巻き式と、自動でゼンマイが巻かれる自動巻きの2種類があります。1970年代以降に電池式(クォーツ式)の時計が登場すると、懐中時計も電池式のものが作られるようになりました。 懐中時計にはその形状によって4つのタイプがあります。
ケースに蓋がないタイプの懐中時計。ポケットから取り出してすぐに時間を確認できるため、使い勝手に優れています。一方で、保護するための蓋がないためガラスが傷つきやすいという難点があります。内部に埃が入りにくい構造のため、より長く使い続けたい方にオススメです。また、一般的に懐中時計には防水機能は付いていませんが、オープンフェイスの幾つかのモデルは日常生活防水を備えたタイプも出ています。
ガラスを保護するための蓋が付いているタイプの懐中時計。ガラスが貴重だった時代にスポーツや狩猟などでガラスが傷つかないようにと考えられたものです。蓋に装飾が施されるようになると時計の芸術性が高まり、単なる時計から美術品としての価値を持つようになりました。時計としての機能だけでなく懐中時計然とした魅力を味わいたい方にオススメのタイプです。
ハンターケースの蓋に丸く穴を開けてガラスを取り付けたタイプの懐中時計。蓋にも文字盤同様に12時間の数字が施されているものが多く、蓋を開けなくても時間を確認することができます。時のフランス皇帝ナポレオンが時間を確認するために蓋を開けなくて済むようにこのタイプの懐中時計を使用していたことから、ナポレオンケースという名前がついたという逸話があります。
文字盤やケース全体にガラスを使用し、時計内部のムーブメントを見ることができるタイプの懐中時計。高級懐中時計によく使われていて、他のタイプと比べると芸術性を高めたものが多く、内部パーツにも装飾が施されている場合もあります。スケルトンケースは機械式懐中時計のみであり、内部の精密な動きを鑑賞できるため時計愛好家に人気のタイプです。 このように形状によって様々なタイプがある懐中時計ですが、その見た目だけでなく腕時計とはまた違った使い勝手の良さも魅力の一つ。文字盤が大きいため視認性が高いことや、ポケットに入れて持ち運ぶため金属アレルギーの方でも使用することができます。そのような長所を活かし、専門的な職業の人たちのために作れられた特別な懐中時計も存在します。例えば鉄道時計は、視認性が高く強い磁気にも影響されない加工が施されているため、正確な時刻での運行が必要とされる鉄道職員にとって必需品。またナース時計は、普通3時方向にあるリューズが6時の方向に取り付けられており、文字盤に脈拍計測などを固定して使うことができるようになっています。見た目だけでなく機能面でも長い歴史の中で培われた独特の魅力があるところが懐中時計が愛される理由の一つといえるでしょう。
このように魅力溢れる懐中時計ですが、そのメンテナンスは他の時計と比べるとちょっと大変。ポケットウォッチという名の通り、洋服やパンツのポケットに入れて持ち歩くことが多いので、蓋つきのハンターケースタイプの場合、蓋が接続している蝶番の部分から細かい埃や塵が内部に入り込みやすく、内部劣化が進む要因になってしまいます。また、ポケットに鍵や携帯電話と一緒に入れてしまった場合、懐中時計が磁気帯びの状態になってしまったり、表面に傷がついてしまったりと、トラブルになりやすいデリケートな部分もあるので、長い期間、綺麗な状態を保つためには腕時計とはま違う気遣いが必要となってきます。ポケットに収納する際は他のものと一緒にしないことのほかに、懐中時計の大きな特徴の一つである金属製のチェーン部分は外へ出しておくことをおすすめします。時計本体と擦れてガラスやケースに傷がつくことを防ぎます。 丁寧に扱ってはいたけれどガラスが傷ついたり破損してしまった、時計が遅れたり止まってしまった場合には、懐中時計の修理を扱う専門店に相談しましょう。作られてから何十年も経っていることもある懐中時計。ゆえに、傷つきやすく繊細なため、電池や部品の交換を自分で行うことは時計に余計な傷や破損を加えてしまうリスクが高まります。長い間動かしていなかった時計は内部の劣化が進んでいることも多く、劣化の進行具合によってどんな対応ができるかを専門家に判断してもらうことが必要でしょう。また、古いモデルの懐中時計はメーカーの修理・メンテナンスが受けられない場合が多く、内部のパーツも純正のものは廃盤になっていて手に入りにくいこともあります。その場合は時計修理専門の技術者が手作りでパーツを製作することになるので、お持ちの懐中時計が止まってしまった理由や状態を確認するためも、例え電池交換だけであったとしても自分で行おうとせずにプロに見てもらう方が賢明です。また、懐中時計はその構造上、防水機能がなく内部に埃が入り込みやすいといった特徴があり、一般的な腕時計よりも頻繁なメンテナンスが必要となる点にも注意が必要です。
それでは、懐中時計の具体的な修理とメンテナンス方法をご紹介していきます。まずは懐中時計の電池交換について。「電池交換くらい自分で」と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、思い出のつまった時計、高級な懐中時計に安易に傷をつけないためにも専門の業者にお任せしましょう。特に高級時計はその機能に加え高い持続性を持った「資産価値」があります。ケースやガラスに傷がついてしまうとせっかくの資産価値が下がってしまうので、できる限り綺麗に保つように心がけましょう。 懐中時計の電池交換は以下の手順で行われます。 ・専門の工具で裏蓋を外す ・中蓋を外す ・ムーブメントから電池を取り出す ・新しい電池を入れる ・裏蓋のパッキンが正常かどうかを確認してから裏蓋を戻す それほど工程は多くないように感じますが、工具の使い方や力加減など繊細で専門的な作業となるので、繰り返しになりますが、傷をつけてしまう前にプロに依頼しましょう。裏蓋を開けると中蓋があり、その中蓋をとると時計内部のムーブメントがあります。そこに収まっている電池を交換するのですが、この際に内部に埃が入り込んだり、電池以外のパーツを傷つけたりしてしまわないように注意が必要です。また、蓋を開けてみて初めて電池切れ以外のトラブルが発見される場合もありますが、そう言った場合もプロに任せておけばすぐに対応してもらえるので安心です。
次に電池交換以外の修理とメンテナンスについてご紹介します。見た目でわかる破損(ケースの傷やリューズが取れてしまった、など)は、修理店でその部分を交換・修理してもらいましょう。ただし、特に懐中時計の場合はメーカーの正規パーツが廃盤になっている場合が多いので、どのような処置が可能かを相談することから始めましょう。見た目にわかる破損もない機械式懐中時計の場合は内部に問題がある可能性が高いので、オーバーホールを受ける必要があるでしょう。オーバーホールとは時計内部のパーツを一つ一つ分解・洗浄し、必要であればパーツの交換も行う時計の修理・メンテナンス方法の一つです。懐中時計は内部に埃が入り込みやすく、防水機能もないので、内部の劣化が他の時計と比べて進みやすいという特徴があります。そのため、通常の腕時計であれば5年に1度程度のオーバーホールが推奨されていますが、懐中時計は3年に1度行うのが理想とされています。特に年代物の懐中時計の場合、装飾部分やスケルトンケースの場合はガラスの修理など、より繊細な作業も多くなってくるので、通常のオーバホールより費用が高額になってしまう場合もあります。修理を頼む際は技術面で信頼できる業者を選ぶようにしましょう。 電池交換もオーバーホールも定期的に行うことで、時計を健全に保ち稼働寿命を延ばすことにつながります。年代物で今は動かない懐中時計でも適切な修理を加えれば、再び動き出す場合も多いので、古いから、ずっと動かしていないからといって諦めず、時計修理店に持って行き相談してみてください。
懐中時計の種類と、電池交換やメンテナンスについてご紹介しました。見た目に美しく、持っているだけで他の人と差別化が図れる懐中時計。「ただ時間を見るだけではつまらない」「他の人とは違うものを持ちたい」という方にはぴったりな時計といえるでしょう。 一般的な腕時計と違って構造上少し繊細な面もありますが、適切な方法で修理・メンテナンスを行ってあげることで、腕時計と同じく長い期間、正確な時を刻むことが可能です。電池交換くらい自分でできる!とは思わずに、大切な時計を傷つけてしまう前に信頼できるプロに任せましょう。夢仕立では、40年以上ジュエリーや時計の修理・メンテナンスを行ってきた確かな経験と実績をもとに様々なトラブルにご対応可能ですので、お持ちの懐中時計について何かご相談やご質問ございましたらお気軽にお問い合わせください。
この記事の監修者
英国宝石学協会 資格会員ディプロマ FGA
日本宝石協会理事
夢仕立工房 ジュエリーデザイナー
依田 宇弘